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自分にとっての両親(3) [脊髄損傷・癌]

中学1年の3学期に親が建てた家に引っ越すことになり、当然転校になりました。
この転校した先の中学校が後の自分のやりたいことが出来たことと、前に書いた父の実家が
人手に渡ることになり、その後すぐに祖父が他界してしまったために祖母を引き取ったこと、
この2つの出来事が原因で父との溝が深まり、母寄りに自分が成っていったのだと思います。

まず転校した中学校ですが、バンド活動が凄く盛んな中学校でした。
自分も小学校の時からまわりの大人(父以外の)の影響で、洋楽を好んで聴いていたぐらいなので、
すぐにバンドをやりたいと母に少し出資を頼んでエレキギターなるものを手にしました。
そしてこの頃から日本のロックバンドの曲も聴くようになったわけなのですが、とにかくそういう音楽を
演歌一筋の父は理解してくれないし、ギターを弾いていると「うるさい」と文句を言われるわけです。

そしてもうひとつは父が田舎から祖母を引き取ったことにあります。
父としては自分の親が住んでた家を他人に取られて住む場所が無いのだから引き取るのは
当然のことで、普通なら自分も母も仕方がないことなんだと理解も出来るのですが、
この父と祖母は非常に性格的に似ていて、簡単に言ってしまうと常識が無い。
言い方を変えるとこの二人の常識は一般常識ではなく、自分自身が中心の常識でした。

例えば父はよく体調が悪い時の母に対して「身体の弱い女房を持つと苦労する」等、
今の夫婦なら即離婚になるようなことを言ったり、高校生の時に私が授業をサボったりすると
「俺の家系にはこんな怠け者はいない」等と言われ、母も自分も悔しい思いをさせられました。

その父の家系ですが、父の弟(私の叔父)は我家に転がり込んで、近所の大工さんに弟子入りして
働いていたが仕事で何か問題を起こすと、父がその大工さんの家に怒鳴り込んで文句を
言ったりしていましたが、当時子供だった自分ですらどう考えても落ち度は叔父の方にあるのに、
何と言っても一般常識が無くて、自分中心の常識なので、母の血が入っている自分は
怠け者扱いで、実際に怠けていた自分の兄弟の叔父はかばう、おかしな話ですよね。
後々に母によく自分が言っていたのですが「父の家系にはいないと言われて嬉しかったよ」と。
だってそうですよ、こんな非常識な家系の人たちとは一緒にされたくないと思いましたからね。

そしてその父や叔父の母親である祖母、この人がまた凄い非常識な人で、こんな話があります。
ある日、祖母が私にお菓子をくれました、名前は忘れましたが確かポテトチップス系のお菓子です。
私はそれをすぐに食べなかったのですが、自分の部屋のテーブルに置いてありました。
それが2日後ぐらいになくなったのですが、探してみると祖母が食べていました。
「何でだ?」と聞くと「食べないからいらないのでしょう」と、非常識でしょう。
この祖母の確認もしないで勝手に決めてしまう、現在の父が全くもって同じなのです。

この私が中学生の頃に我家は父と祖母、母と私、そして無関心な弟に分裂したような感じです。
そしてその後、その非常識な祖母が今で言う認知症になってしまって、元々常識がない人が
わけわからなくなってしまったために、母は相当大変で、私はそれをずっと見てきたわけです。
そして非常識な家系の父や叔父、叔母達も皆揃って、認知症の祖母は母に押し付けただけでした。

続く

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